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楽天優勝 おめでとうございます 優勝できた理由を分析します!! [NPB2013]

楽天が日本一になりました。

いろいろな人が優勝した貢献者を分析してたたえていますね。

私なりに今回の優勝までの道のりを分析していきたいと思います


レギュラーシーズン
まず、レギュラーシーズン優勝の立役者
投手だと
田中将大でしょう。結局24勝0敗で貯金を24つ作った。
そして則本が15勝8敗7つ。

後は貯金を3つ以上作った投手はいませんでした。
リリーフは安定していたと思いますが結局はこの二人が勝って貯金を作ったことこれが要因ですね


そして打者はマギーとジョーンズ
この二人に尽きるでしょう。

クリーンアップが安定していた。成績よりも存在感がでかかった。後は、チームバッティングをできた。たとえば四球をしっかり選んでくる。そういうところで貢献していたんですね。



ポストシーズン
美馬と則本、戸村でしょう。
田中は計算通りの活躍をしました。
ただ、この3人、とくに戸村と美馬は実績がない様に見えていて、あるいみノーマークだった。ただ、結局この2人が田中、則本が作った流れに上手く乗っていけた。

様に見えたが、この立役者は星野監督でしょう。
美馬と戸村が0に抑えていても早めの継投をした。そして、則本を日本シリーズで1戦目に持ってきて、以後リリーフで使った。結局総動員し、レギュラーシーズンとは全く違い方をした。
弱者が強者を倒す方法で勝ったと言えるでしょう。

後ろを強くする分、先発を突っ込ませる。
田中には完投してもらい、そこで則本を休ませる。

星野監督が結局このシリーズの立役者だったのでしょう。

日本生命 小林誠司捕手 広島ではなく巨人を逆指名? 出身地や高校についてのまとめ [2013年ドラフト]

日本生命の小林誠司が巨人いがいなら、日本生命残留を示唆、ある意味逆指名の様な形になりつつ、外れ一位ではあるものの、ドラフト一位指名を受け、巨人入団が確実となった。 小林誠司の出身地や高校についてのまとめた。

image.jpg
小林誠司(こばやしせいじ)1989年6月7日生
大阪府堺市生まれ。幼少時から野球(軟式野球)に取り組む。のちに硬式野球に転じ、広島県にある私立高等学校・広陵高等学校に進学し、中井哲之の指導を受け、甲子園に出場した。

広陵の同期には広島の野村、羽生らがいる。
高校3年の夏は決勝まで行ったが、佐賀北に逆転負けを喫した。
この時の審判の判定は未だに物議を醸すものとなっていますね。広陵の監督が審判に苦言を呈したことなどで、注意を受けています。ただこれは、選手側からしてみると、擁護してくれたという面もあり、賛否両論だそうです。

個人的には当時のVTRをみても、誤審だとおもいます。それを産んだのは甲子園の雰囲気。半官びいき、弱者をひいきする雰囲気、そして佐賀の無名高の勢い、それが、ボールと判定はさせた。そして投げるところがなくなって、真ん中に入ってホームラン。本人達は、それらについて語りたがらないと聞いたことが、あります。

悔しい過去なのでしょうか、僕は甲子園という特別な、舞台で、菅半びいきが産んだ悲劇だと感じています。

その後、野村は明治、羽生は早稲田、小林誠司は同志社に進学。その後二人は広島に入団。これは、広島の高校出身者というのも少なからずあるかもしれませんね。小林誠司は、一位以外なら入団拒否と表明し、指名されずに日本生命へ。このことから、広島に行くのでは?という噂もでていたのでしょう。また、過去には広島に同性同名の(小林誠二)という選手がいましたが、血縁関係などは全くありません。

理由は複合的だろうけれど、自信をもって入団したいなどと話していたと思います。社会人野球は会社にもよりますが、日本生命の環境はかなり良いとききます。知り合いの選手も、ほぼプロに近いと話していました。

そこで試合経験をさらに積んで、というプランだったのでしょうか。

今回は巨人以外なら拒否という表明。理由はよくはわかりませんが、巨人側からの打診なのか、本人がプロ入り後の環境や給料等を考慮してなのか、その様な形をとりつつ、無事外れ一位で、巨人入団が確実となりました。

彼の凄さはなんと言っても、まず肩の強さ。大学時代の試合を視察した時は、他のキャッチャーとは別格でした。また、そのリードにも定評がありますね。

image.jpg
巨人側としたら、ポスト阿部の育成という事なのでしょう。そのためには、もう少し打撃力をあげる必要が、あるかとおもいます。ただ、阿部もまだまだプレーできるので、数年かけてというプランではないでしょうか。

また、イケメンなので、人気が出るのも間違いないでしょう。大学時代から応援している選手なので、期待しています。
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JR東日本 オリックスの一本釣り 吉田一将 出身中学高校などの経歴 [2013年ドラフト]

オリックス、JR東日本・吉田一将を単独指名/ドラフト
サンケイスポーツ 10月24日 17時34分配信

 プロ野球ドラフト会議が24日、都内のホテルで行われた。オリックスは191センチの長身右腕の吉田一将投手(JR東日本)を単独指名し、交渉権を獲得した。

 オリックスから1位指名を受けた吉田は会見で「どこが来ても12球団OKと言うことだったので、オリックスバファローズから指名を受けて、とてもうれしいと心の中で思ってました」と語った
(ヤフーニュースより)


経歴はウィキペディアより。
奈良県橿原市生まれ。鴨公小学校2年時から鴨公クラブで野球を始める。八木中学時代は香芝ボーイズに所属し、3年次に全国大会に出場。同年次に青森山田中学校に転入。

えっ?と思った人も多いと思いますが、青森山田高校は野球留学が多いとか、県外中学からとってくるなどの話をききますね。高校は県内が何人だとか、
実は、状況はもっともっと、県外の選手が多いのです。これは、高野連のルールによるものですが、中学生が高校の練習に参加するのは、中学を卒業するまで禁止されています。ただ、中高一貫ならばこれが可能ですね。だから、中三の卒業前にすでに合宿所で、生活する。そうすれば、高野連の調査の県外出身者にも含まれずイメージも維持できる。一石二鳥の方法なのでしょう。

話を戻します。


そのまま内部進学した青森山田高校では硬式野球部に所属。同校は2年夏と3年夏の全国高等学校野球選手権大会に出場するも、身長の急速な伸びに体全体の成長がついていけないが故に慢性的に故障を抱えていた吉田は、一年先輩の野田雄大(現東芝)や同期の石井裕大(現西濃運輸)らの陰に隠れた控え投手であり甲子園での登板機会は無かった。

ドラフト一位の選手ですが、大器晩成型で、大学社会人で覚醒した選手というのがわかりますね。

日本大学入学後リハビリと本格的なウェートトレーニングが功を結び、基礎体力が付き怪我もなくなった。2年春にリーグ戦デビューし、3年春からは主戦を務めるようになる。4年春には東都二部リーグながら4勝、入れ替え戦でも國學院大学相手に完封勝利を挙げ一部昇格に大きく貢献し、二部最優秀投手にも選出される。4年秋は初の一部リーグで3勝6敗と負け越すもフル回転し、12試合73回2/3を投げ防御率はリーグ9位の2.69という中々の成績を残しチームの一部残留に貢献した。

ただ、この時はいい投手ですが、まだプロ即戦力とか、ドラフト上位ではなかった様ですね。
この時2011年ドラフトでプロ入りした、有名大学生は明大から広島に行った野村や慶応から阪神に行った伊藤、東洋大からロッテの藤岡などがいますね。彼らと同期です。

大学卒業後はJR東日本に入社し硬式野球部に所属。大学時代はスリークォーター気味だった投球フォームを山本浩司投手コーチの助言で変え、長身を活かしたオーバースローに戻したところ潜在能力が完全開花。

image.jpg
大器晩成型だったのですね。
ただ、社会人で覚醒し、ドラフト一位で指名を受けるということは、即戦力として大きく期待されているということが、間違いないです。
高校生からプロ入りした場合、何年か鍛えて、プロの一軍で活躍というパターンが多いですが、社会人は年齢的なものもあるので、即戦力候補です。遅咲きの投手ですが、覚醒しましたね。ここから、さらに活躍して欲しいです!

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東海大甲府 渡辺諒 巨人等から評価も日ハムがドラフト一位指名 中学からの経歴 [2013年ドラフト]

渡辺諒は巨人等から評価を受けながら、日ハムが一位指名をし、日ハム入りがほぼ確実になりました。そんな渡辺諒選手の中学からの経歴についてまとめました。

【日本ハム】栗山監督ドラ1渡辺「縁…」
日刊スポーツ 10月24日 18時30分配信
<プロ野球ドラフト会議>◇24日
 日本ハム栗山英樹監督(52)が初参戦した入札抽選で痛恨の3連敗に、肩を落とした。
 1位で入札した桐光学園・松井裕樹投手(3年)は5球団、外れで指名した日本生命・柿田裕太投手(21=松本工)が3球団、外れの外れの横浜商大・岩貞祐太投手(4年=必由館)は2球団の競合の末に、引き当てることができなかった。今季の最下位の順位からいずれも1番で引きながら、逃してしまった。

 最後は単独で東海大甲府・渡辺諒内野手(3年)を指名。「(ゲンかつぎなど)できる限りのことはしたんだけれど…。北海道のみなさん、すみません」と陳謝したが、渡辺を上位で獲得も狙い通り。「渡辺君と縁があった。さわやかな気持ちできてほしい」と、ラブコールを送っていた。
(ヤフーニュースより)

◆渡辺諒(わたなべ・りょう)1995年(平7)4月30日、茨城・土浦市生まれ。小学1年の時、軟式の土浦サニーズで三塁手として野球を始める。同4年から硬式の竜ケ崎リトルに所属し、中学2年の3月に竜ケ崎シニアの遊撃手として全国選抜大会出場。東海大甲府では1年夏に4番一塁でレギュラー。同年秋から遊撃手に戻り、今夏は主将も務めた。好きな歌手はGReeeeN。家族は両親と兄2人。178センチ、80キロ。50メートル6秒1、遠投105メートル。右投げ右打ち。B型。

打撃だけでなく、走塁と守備も一級品だ。中学時代はシニアリーグで野球をしながら陸上部に所属。100メートルは自己最速11秒4で、中学3年時に茨城県大会2位に入るほどだった。また今夏は投手不足のため投打二刀流にも挑戦。わずか1カ月の練習にもかかわらず、公式戦でいきなり146キロを記録するなど肩の強さも披露した。「巨人坂本選手や(ブルージェイズ)川崎選手みたいに、打って、守って、走れるショートになりたい。目標は3割、30本、30盗塁です」と、3拍子そろった選手を目指す。
(ニッカンスポースより)

巨人山下スカウト部長が「坂本のように打てる遊撃手になる。長打力がすばらしい」と、評価をしていたみたいですが、外れ外れ外れの一位で日ハムが指名しました。野手では12球団で最初の指名でした。
筆者も実際に見に行ったのですが、感想としては、まず体がでかい。高校生の中では一人大人が混ざっている感じでした。また、僕が視察したのは、二年の時だったのですが、上級生の中でも、本当落ち着いていて、貫禄があったという印象です。甲子園でもどっしりとプレーしていたというのが印象でした。また、動画では、デッドリフト200kgを達成した動画を発見しました。みてみてください。
http://m.youtube.com/watch?v=2f8ICt_qZbo&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3D2f8ICt_qZbo
東海大甲府は、かなりのスパルタで、選手をガンガン鍛えて強くするというイメージの高校で、多くプロ選手も、排出しています。ポテンシャルが、どんどん引き出されたのでしょうね。



プロに馴染み結果が出るまでは少し時間がかかるかもしれませんが、将来性抜群の大物だと思います。頑張って欲しいですね。
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岩出山高校 野球部 今野龍太 ドラフト9位で楽天へ 経歴等 [2013年ドラフト]

岩出山高校、野球の 今野龍太がドラフト9位で楽天入りがほぼ確実になった!あまり聞かない選手だったので、経歴等についてまとめました。

岩出山・今野、楽天9位大トリ指名に安ど
[2013年10月24日22時7分]
<プロ野球ドラフト会議>◇24日

 岩出山の今野龍太投手(3年)が楽天9位で指名された。

 ドラフト開始から2時間45分後、全球団最後となる76人目で名前が呼ばれ「選択終了が続いたので、もうかからないかと思った」と胸をなで下ろした。

 部員不足に悩まされ、秋の大会は3年間すべて出場辞退。部員11人の今夏、宮城大会初戦でノーヒットノーランを達成した無名公立校のエース右腕は「岩出山に入ったから今の自分がある。高校で戦えなかった(ソフトバンク4位の仙台育英)上林と対戦してみたい」と目を輝かせた。
(ニッカンスポースより)


◆今野龍太(こんの・りゅうた)1995年(平7)5月11日、宮城県大崎市生まれ。岩出山小2年で岩出山フェニックスで野球を始める。岩出山中3年時に地区大会で無安打無得点試合を達成。177センチ、70キロ。右投げ右打ち。目標はダルビッシュ有(レンジャーズ)。家族は両親、兄、姉、弟。血液型AB。
(日刊スポーツより)

image.jpg

楽天は9選手のうち8人が投手でした。
補強の、ポイントが明確だったと言えるでしょう。まだまだ体格、スピード等を考えると伸び代の多いピッチャーで、即戦力というわけにはいかないと思います。ただ、精神的な面や、将来性も期待されての指名でしょう。とにかくおめでとうございます!期待しています。

松井裕樹 眉毛 変化 画像 [2013年ドラフト]

桐光の松井裕樹投手の眉毛の変化についてまとめました。画像あります。
松井祐樹投手といえば、桐光のエースで、今回のドラフトでは競合の末、楽天が交渉権を獲得した、今回のドラフトの大目玉だった選手ですね。本人も日本のプロを意識していたみたいですし、12球団OKの姿勢をもともと出していたので、ほぼ間違いなく楽天へ進むと考えられます。



嬉しくて、嬉しくて…星野監督 松井にメッセ―ジ「夢を夢とするなかれ」
スポニチアネックス 10月25日 5時5分配信

 ◇2013年ドラフト会議(2013年10月24日)

 桐光学園・松井の交渉権獲得に、楽天・星野監督は喜びを隠さなかった。

 「外れたら外れたでいいじゃないか。(競合覚悟で)思い切って勝負しよう」と話していた星野監督は、交渉権獲得の瞬間、満面の笑みを見せ右手の親指を突き立てた。

 「全国的なやつが来てくれる。魅力的な、攻撃的な、本当に私の好きな、田中のようなタイプ。田中がいれば先生になれるんだろうけど、彼はまだ分からないから」と言いながら表情を崩した。

 ドラフト会議後には、福田功スカウト部副部長らが桐光学園を訪れ「夢を夢とするなかれ」という闘将の直筆メッセージが書かれた当たりクジを松井に手渡した。
(ヤフーニュースより)

この様に、星野監督も大絶賛で、今後が楽しみですね。
さて、ネットでは眉毛というワードが松井祐樹投手と共にでて来ますね。男らしい眉毛が特徴的な感じだった松井祐樹投手ですが、最近眉毛を剃ったのでは、という事が話題になっているみたいです。眉毛の変化すら、話題になるのは、それだけ大投手、注目度の高い現れなのかもしれませんし、本人からしたらほっといて、という事かもしれませんが、勝手に以前と比べてみました。

これが高校の現役時代の画像image.jpg

こちらがドラフト時の画像
image.jpg

確かに比較してみると、少し薄くなった様にも見えますね。
ドラフトで指名されて、注目度が上がっているので、眉毛一つで話題になります。この時期や、2月頃には私服が、なんて注目された選手もいましたね。
また、プロ入り後は、ツイッターなどのSNSでの発言が、問題を産んだりもしますね。
注目度が上がっているので、野球以外の事で、マイナスの評価にならないようにして欲しいですね。
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田澤純一 レッドソックス 高校 社会人時代 経歴 成績 [MLB2013]

田澤純一 高校 社会人時代
レッドソックス

上原浩二投手がレッドソックスで活躍していて、シーズンを通し大活躍。地区優勝からリーグ優勝全て胴上げ投手になっています。また、リーグ優勝ではMVPを獲得して、すごく今注目されていますね。
 メディアも上原を取り扱うことが多いので日本ではあまり、田澤純一の存在が注目されていなかったですね。また、日本人がメジャーで活躍しているのにもかかわらず、あまり認知度が高くない。
 今回はメジャーでの田澤純一の活躍と、あまり知られていない高校、社会人時代の経歴についてまとめました。

メジャーでの生活は、渡米当時はマイナーとメジャーを行ったり来たりでした。


2009年より3年契約でしたが、2009年は開幕からマイナー生活。シーズン中盤に昇格を果たすも、股関節痛で登録抹消、そのままシーズンを終える。シーズン通算で登板6試合(うち先発が4)、2勝3敗で防御率7.46、WHIP2.05という成績であった

2010年は、開幕メジャー入りを目指すも、スプリングトレーニングでは1イニング3本塁打を浴びるなど結果を残せず[21]。前年から抱えていた右ひじの違和感を訴え、精密検査を受けた結果、右ひじの靭帯損傷が見つかりトミー・ジョン手術を受けることになった[22]。4月6日に手術を受け、8月に軽いキャッチボールを再開。その後もリハビリのためシーズン全休となった。

2011年もマイナーが中心、ただ、シーズン終盤にメジャー復帰を果たすなど、前向きな収穫もあった。

2012年はマイナーでの登板もあったものの、メジャーで37試合登板、防御率1.43と圧倒的な成績を残す。

2013年は71試合に出場。5勝4敗、防御率3.16と活躍する。
ポストシーズンでも大活躍してますね。

怪我とも闘いながら、しっかり、メジャーで成長し続けているんです。
ただ前述したように、あまり日本で注目されませんね。

理由は二つ
一つ目は中継ぎというポジション。中継ぎ、抑えはとても大切なポジションなのは野球にくわしい人はわかりますが、取材する側としたら、いつ登板するかわからない中継ぎを取材するのは手間がかかるのですね。

もう一つは日本のプロ野球を経験していないので、日本での認知度があまり高くない。
 ということで田澤純一の経歴を見ていきましょう

小学3年から少年野球チーム「三ツ沢ライオンズ」で野球を始め、横浜市立松本中学校の軟式野球部では2年時の横浜市大会ベスト16が最高成績。
横浜商大高校では1年夏からベンチ入り。2年次には背番号10で夏の甲子園に出場するも登板はなかった。3年夏はエースで神奈川県予選でベスト4入りするが、準決勝で涌井秀章を擁する横浜高等学校に3-16で敗れた]。
高校卒業後は新日本石油に入社。主にリリーフを務め、入社2年目の2006年には第33回社会人野球日本選手権大会でベスト4進出の原動力となる。ドラフト指名解禁年の2007年には複数の球団が大学・社会人ドラフトの1巡目(希望枠)候補として検討していたが、リリーフ失敗など前年に比べると精彩を欠いたこと、また秋から挑戦した先発転向も結果が残せなかったことなどから残留を表明。
2008年はJABA東京スポニチ大会準々決勝(対JFE東日本戦)で5連続・6連続を含む大会新記録の18奪三振[4]。同年夏の第79回都市対抗野球大会では全5試合に登板して1完封を含む4勝を挙げ、投球回数28回1/3で4失点、奪三振36・防御率1.27という成績で大会MVPに当たる橋戸賞を受賞した。

田澤問題
2008年9月11日、記者会見でメジャーリーグ挑戦の意思を表明。同時に日本プロ野球の12球団宛にドラフト指名を見送るよう求める文書を送付した。日本球団からのドラフト上位指名が確実視される選手が日本球界入りを拒否しメジャーリーグ挑戦を表明したことは「田澤問題」として日本プロ野球のドラフト制度に問題を提起した。従来、日米間には互いの国のドラフト候補選手とは交渉しないという紳士協定があったが、田澤のようにアマチュア選手本人がメジャー挑戦を希望しているにも関わらずこれを阻害することは職業選択の自由に反するため、この例外となった。一方で、日本球界側からは田澤に続いて有力アマチュア選手が直接メジャーに行くようになることでドラフト制度の崩壊を懸念する声も挙がった。この結果、日本のプロ野球のドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、当該球団を退団した後も一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できないとするルール(いわゆる田澤ルール)が設けられた。
田澤の獲得にはメジャーの複数球団が興味を示し、ボストン・レッドソックス、シアトル・マリナーズやテキサス・レンジャーズ、アトランタ・ブレーブスが実際に交渉。その結果、12月4日にレッドソックスと3年総額400万ドル(約3億8000万円)でメジャー契約を結んだ[。日本のプロ野球を経由せずにアマチュアからメジャーリーグ球団と契約した日本人選手としてはマック鈴木と多田野数人に続いて3人目、中でもマイナー契約を経ずにメジャー契約を結んだ初の日本人選手となった。
(ウィキペディアより)


経歴等を見ると本当に苦労人という言葉が似合う投手ですね。

僕はこの動画、投球を見て震えました。

ほかの動画も見てみてください。凄さがわかります。


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ロッテ GG佐藤 依存症とは? [NPB注目選手2013]

来ました、GG佐藤。CS楽天戦先発出場!!!
期待します!!!

ということで、GG佐藤について調べてみました。
GGsatou.jpg
ロッテホームページより

本名:佐藤 隆彦〈さとう たかひこ〉
1978年8月9日生まれ

この人は超のつくほど苦労人なのですね。
大学時代は法政大学でレギュラーを奪えず、卒業。

その後渡米し、1Aバタヴィア-Rクリアウォーター、1Aレイクウッドでプレー。

2004年トライアウトを経てドラフト7位で西武入団。
2011年戦力外通告
2012年イタリアボローニャでプレー
2013年ロッテ移籍

GG佐藤選手と言えば契約更改が長引いてたことで有名ですね。
これは、一般的に見れば、高額のプロ選手が!!!という意見もあるかもしれませんが、アメリカ生活が長かったGG佐藤選手は、「納得するまで話し合い納得してプレーする」とか「年俸は選手の評価基準」とかそういうことが身についているのだと思います。

日本では、お金のことを!!というイメージですが、これは、プロの世界から見たら当然のことと言えるでしょう。

またGGという名前ですが、登録名の「G.G.」の由来は、中学生時代に同級生から「猫背で顔がジジくさい」と言われたためである(ジジ→爺→G.G.)。(ウィキペディアより)だそうです。


依存症というのは具体的なものは見つかりませんでしたが、おそらく、大学時代に80KGから100KGに肉体改造をしたことや、北京五輪で筋トレができなかったという発言から、ファンの間で筋トレ依存症だという話があり、そこから出てきたのではと思います。
筋トレ依存症?かっこよすぎですね。(笑)
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巨人 菅野智之(菅野投手) にやつき 動画 [NPB注目選手2013]

巨人の菅野智之(菅野投手)について原監督が勝負どころでにやつきをしていたということで、話題になっていますね。動画付きで紹介します。

前回の記事の続きです

菅野 巨人.jpg
巨人ホームページより



G原監督、にやつく菅野に苦言「勝負師としての姿勢が…」

デイリースポーツ 10月18日(金)6時59分配信
「セCSファイナルS・第2戦、巨人3‐0広島」(17日、東京ド)

 巨人・原監督が、菅野に苦言を呈した。完封したが、試合中にはマウンドで笑みを浮かべる場面もあり「にやついて投げているところは、勝負師としての姿勢が必要かな」。第3戦に向け「フラットな形で挑むことを変えることなく戦います」と平常心を強調した。
ヤフースポーツより


CSで完封した菅野投手について原監督が苦言を呈したことでネットなどを通して話題になっているのですね。もともと、菅野智之は日ハムのドラフトをけったことなどもあって、ヒール役なのですね。その理由はこちらの記事に詳しく書いてあります。

ただ、私はこれは身内だからこその批判ではないかと思っています。プロ野球の世界は結果が全てです。だから、結果を出すために自分の独自の方法でメンタルを勝負に向けるのも問題ない。原監督もそういうことはわかっている。ピンチの時に自ら笑って楽しむのも一つの方法だろう。
菅野 にやつき.jpg

今回のみならず、菅野投手は良くマウンド上でニヤっとしているときがありますね。


これが以前の西武戦で見せた笑みの理由です。

理由のみ知りたい人は15分くらいまで飛んでください。

そう、勝負を楽しんでいるという感覚なんでしょうね。
今回の動画はありませんでしたが、もしかしたら、あのようなすさまじい緊張感を楽しめるメンタルの強さが勝負強さを生んでいるのかもしれませんね。


ただ原監督は身内ゆえに批難して見せたのだと思います。
身内だから言える、勝負師の姿に徹するかっこよさを伝えたかったのだと思います。


以上巨人 菅野智之(菅野投手) にやつき 動画でした
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巨人 菅野智之(菅野投手) にやつき 画像 [NPB注目選手2013]

巨人の菅野智之(菅野投手)について原監督が勝負どころでにやつきをしていたということで、話題になっていますね。画像付きで紹介します。

菅野 巨人.jpg
巨人ホームページより



G原監督、にやつく菅野に苦言「勝負師としての姿勢が…」

デイリースポーツ 10月18日(金)6時59分配信
「セCSファイナルS・第2戦、巨人3‐0広島」(17日、東京ド)

 巨人・原監督が、菅野に苦言を呈した。完封したが、試合中にはマウンドで笑みを浮かべる場面もあり「にやついて投げているところは、勝負師としての姿勢が必要かな」。第3戦に向け「フラットな形で挑むことを変えることなく戦います」と平常心を強調した。
ヤフースポーツより


CSで完封した菅野投手について原監督が苦言を呈したことでネットなどを通して話題になっているのですね。もともと、菅野智之は日ハムのドラフトをけったことなどもあって、ヒール役なのですね。その理由はこちらの記事に詳しく書いてあります。

ただ、私はこれは身内だからこその批判ではないかと思っています。プロ野球の世界は結果が全てです。だから、結果を出すために自分の独自の方法でメンタルを勝負に向けるのも問題ない。原監督もそういうことはわかっている。ピンチの時に自ら笑って楽しむのも一つの方法だろう。
菅野 にやつき.jpg

今回のみならず、菅野投手は良くマウンド上でニヤっとしているときがありますね。

ただ原監督は身内ゆえに批難して見せたのだと思います。
身内だから言える、勝負師の姿に徹するかっこよさを伝えたかったのだと思います。


以上巨人 菅野智之(菅野投手) にやつき 画像でした
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